樋口浩和

京都大学
熱帯農業生態学

 

                 現在行っている研究


1.熱帯半乾燥地における樹木作物の持続的水利用

半乾燥地にも生育する樹木作物の多くは根圏が深く、地中深くから水分を吸い上げて乾燥した大気中に蒸散していると考えられる。地表面からの蒸発は少なくなると考えられるが、地下水位は低く維持されるだろう。樹木の生育している土壌では比較的浅層でも土壌水分が維持され、作物の生育に好適な環境が作出されている可能性がある。発達した根系は土壌の浸食を抑制し、枝葉は降雨による表土の流亡を軽減するのに役立つと思われる。もっとも安定な耕地生態系はその地域の極相の生態系に近いものであると考えられているが、樹木作物を組み込んだ作付体系は熱帯地域におけるもっとも有望な持続的農業の一つであると考えられる。

この研究では、熱帯地域に広く分布する重要な熱帯果樹マンゴのほか、タマリンドやギンネム供試している。まず、マンゴの生理的なメカニズム特に水ストレスに対する反応を理解するため、鉢植え個体を用いた水分動態の解明をおこなっている。植物の水消費量は葉からの蒸散に多く依存するが、マンゴの蒸散特性は葉齢と葉位によって大きく異なることがわかってきた。この現象をさらに詳しく解析するため、葉齢と葉位の違いによるガス交換特性の違いを調査する予定である。
こうして得られる基礎的な生理反応のデータと比較しながら、根系の土壌水分を制御できるように植えられたマンゴの成木を用いて、土壌水分の偏在がもたらす蒸散量の変化を調べている。ここでは、土壌水分を土層深ごとに測定しながら深層の根と表層の根の機能の違いを明らかにすることができる。これまでの実験で、表層の土壌水分の変動はマンゴの総蒸散量にほとんど影響しないことがわかってきた。
これらの精緻なデータは、熱帯半乾燥地で生育しているマンゴの水分動態の究明に利用されている。タイ東北部のコンケン大学の圃場で栽植されているマンゴ樹を用いて乾季の水消費量を測定している。表層には植物が利用可能な土壌水分はほとんどないにも関わらず、マンゴは大量の水分を地下深くから汲み上げ、大気中に放出しいることがモニターされている。これは、すぐそばの枯れた草地からの蒸発散量の数百倍にも及ぶことがわかってきた。こうした地下深くからの水の汲み上げによって樹木作物にはこれまで評価されてきた以上の環境緩和機能が存在するのではないかと私は考えている。
現在さらにこの研究を発展させ、更地からの蒸発散量がかくも乏しい理由を、現地に長期滞在する院生とともに探っている。

こうした成果は、熱帯果樹と畑作物の混作条件下における農業資源の有効利用につなげて行きたい考えである。


2.花と昆虫の共進化
−花と昆虫の関係は熱帯の太古の森で始まった−

花粉媒介昆虫は植物種ごとに多様であり、植物の進化的背景が深く関与する。昆虫による花粉媒介という共生関係が確立したのは白亜紀中期頃と考えられ、支配的な花粉媒介昆虫は甲虫類であった。以来大きな進化を遂げなかった植物には現在でも甲虫以外の訪花が見られない。こうした植物は気候変動の小さかった熱帯地域に多く遺存し、その中から熱帯果樹チェリモヤに着目した。

チェリモヤは近年我が国にも導入され経済栽培されている。しかし、有効な訪花昆虫がないとの認識から人工授粉が行われ、多大な労力を要することが生産拡大の隘路になってきた。本研究は、チェリモヤを用いて被子植物の適応放散以来の花粉媒介システムを解明すると同時に、その知識を農業生産のコスト削減につなげることを目的とする。

この研究は三重大学の昆虫学研究室と共同で進めている。

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