今回のセミナーでは、前期で発表できなかった、タンザニアの山地に暮らす母系を軸
とする社会構造を持つルグルの人々の土地保有の変遷と実態および土地の保有の実態
と農耕システムとの関係を探る目的の調査の計画について発表したいと考えている。
調査地キボグワ村は標高約600mから約1300mまでに展開する村である。村での土地
利用の形態は大きく屋敷地とそれ以外に拡がる畑地とに分けられる。屋敷地にはバナ
ナをはじめチョウジ、シナモン、コショウなどの香辛料のほか、パンノキやココヤシ
といった永年性の作物が多く植えられ、これらの多くは商品作物として利用されてい
ると考えられた。一方、畑地では、トウモロコシやコメ、キャッサバといった自給を
目的とする作物が栽培されている。これら以外の作物を栽培している畑は少く、屋敷
地以外の斜面の大部分の土地はこれらの生産に使われていると言ってよい。しかし、
畑地で栽培される禾穀類の収穫量はきわめて低く、自給分が確保できていない農家が
多かった。不足分を補うために、屋敷地の商品作物を売って現金を得ていたが、数多
く見られる商品作物の中でバナナを売っている農家が最も多く、屋敷地で栽培したバ
ナナを売って、畑地で生産する禾穀類の不足分を購入しているという実態があること
が明らかになってきた。
畑地で生産される禾穀類のうち、コメの収穫量はきわめて低く、一年のうちの半年か
けて生産しても、自給分の1、2ヶ月分しか収穫できていないと考えられる農家も
あった。土地利用の効率としては、生産性の低い禾穀類を畑地で栽培し続けるより
も、少しでも多くバナナや香辛料などを植えて、現金を得た方が良いように思われ
る。特にバナナは一年中収穫が可能で、主食用作物の不足を補うだけでなく、砂糖や
塩、油などちょっとした日用品と買うための安定した収入源になっている。永年性の
作物が畑地に植えられていない現状にはキボグワのルグルの人々の土地保有の仕方が
関係しているのではないかと考えられる。
ルグルのクラン(氏族)は母方の家系を軸に構成されている。つまり、同じ母親から
生まれた子供は母親と同じクランに属することになるが、孫のクランは、娘から生ま
れた場合と息子から生まれた場合では、事情が異なり、娘から生まれた孫は祖母と同
じクランに属することになるが、息子から生まれた孫は、彼が結婚した女性のクラン
に属することになるため、父親とは別のクランのメンバーになってしまう。ルグルの
伝統的な土地保有制の元では、土地はクランに帰属し、クランのメンバーはクランの
土地に対して死ぬまでの用役権のみを有している。つまり、クランのメンバーであれ
ば、クランの土地を死ぬまで使い続けることができるが、用役権を持つ本人が死亡す
れば土地はクランに返却される。しかし、クランの土地は母親から娘へそして、その
娘へという流れる場合は、用役権は途絶えることなくその家系に引き継がれることに
なるので、土地はクランに返却されることない。一方、父親が耕作している土地につ
いては、その子供達は父親が有する用役権の元、父親のクランの土地も耕作地として
利用するもできるが、父親が死亡するなどすれば、土地を元の父親のクランに返さな
ければならない。しかし、そこに世代を超えて生育し続ける可能性のある永年性の作
物を植えてしまうと、父親からその子供へと相続することが可能になり、父親がクラ
ンの土地に永年性の作物を植えた場合、その土地は、植えられた永年性の作物ととも
に、別のクランに属する子供達へ相続されてしまい、財産としての価値を持つ永年性
の作物をその所有者に無断で土地から排除することはできないので、永年性の作物
は、そえを植えた時点で土地は本来のクランの帰属から離れてしまう危険性をもつこ
とになる。こういった背景があるので、バナナなどの永年性の作物はクランが保有す
る土地には植えにくいと考えられ、それが、畑地に永年性の作物がほとんど栽培され
ていない状況を生んでいるのではないかと推察された。

このように、調査地で見られる土地利用の実態が生まれた背景を考える上で、土地保
有の実態を把握することはさけて通れないのではないかと考え、このテーマでの調査
を今年度中におこなう予定ししている。土地保有の実態を把握するための予備調査は
今年の1月にすでにおこなっており、その結果をたふまえたうえでの調査計画を発表
するつもりである。

また、地域の農耕システムをより深く理解する為にも、土地保有の実態を調査するこ
とは必要であると考えている。現在、キボグワの農業の形態を世帯単位でみた場合、
商品作物を栽培する屋敷地に加え、自給用のトウモロコシとコメとキャッサバの畑を
それぞれ一筆ずつ耕作しているケースが多い。畑地で栽培されるこれら3種の作物は
作付けされる標高が異なっており、トウモロコシは、800m以上で、コメとキャッサ
バは900m以下で栽培される。それぞれの標高に位置する畑地は村の中でかなり離れた
場所に分布しており、一世帯が離れた場所に位置する耕作地をどのように入手し、利
用できてうるのかを明らかにする目的でも、世帯単位での土地保有の実態を調査する
ことは有効であると考えている。